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水戸地方裁判所土浦支部 昭和48年(ワ)70号 判決 1975年8月11日

原告 山下正こと朴相基 外一名

被告 宗教法人国分寺 外一名

主文

被告らは各自、原告朴に対し金九八万六八二六円と内金八九万六八二六円に対する昭和四八年八月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告鄭に対し金四九万八四一三円と内金四四万八四一三円に対する昭和四八年八月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を被告らの負担とし、その余は原告らの負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事  実 <省略>

理由

一  当事者の地位及び交通事故の発生等

請求原因(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

二  被告らの責任原因について

(一)  被告国分寺の経営する国分寺幼稚園が訴外宣子の登、退園につき同幼稚園のマイクロバスを利用させていたことは当事者間に争いがなく、被告智恵子本人尋問の結果によると同幼稚園での園児のマイクロバスによる送迎は、保護者の希望する園児について行なわれ、それらの保護者からは送迎距離に応じたバス代(訴外宣子の場合は一か月七〇〇円)を毎月徴収していたことが認められ、原告朴本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。

ところで、通常の幼稚園児保育委託契約においては、幼稚園側の園児に対する安全保護義務の範囲は、園児の登、退園の際の交通安全までは及んでいないと解されるが、前示のように幼稚園のマイクロバスで送迎する制度をとり、バス代を別途徴収しているような場合においては、保護者は幼稚園に園児の登、退園時における交通安全保護をも委託したとみるべきであり、幼稚園は、当該園児を定められた乗降車地点まで安全に送り届ける義務を負担したものと解される。

そうすると、被告国分寺は、訴外宣子及び同人の保護者である原告らに対し、同訴外人の国分寺幼稚園入園に際し締結された右登、退園時の安全保護義務を含む保育委託契約に基づき、同訴外人を同幼稚園のマイクロバスにより送迎をして同訴外人の登、退園時における交通の安全を確保する債務を負つていたと認めることができる。

(二)  訴外宣子が前示交通事故により死亡した日である昭和四八年二月三日、被告国分寺が同訴外人をマイクロバスで自宅に送り届けなかつたこと、同訴外人が同幼稚園より単独徒歩で帰宅途中に右交通事故に遭遇したことは当事者間に争いがない。被告智恵子本人尋問の結果によると右交通事故当日、国分寺幼稚園では節分の行事が行なわれ、午前一一時二〇分ころこれを終えて園児らは退園をはじめたこと、同幼稚園のマイクロバスは、送迎すべき園児全員を一度に乗車させることができないため、第一便の園児と第二便の園児とを分け、退園の際にはこれらの園児全員を同幼稚園の玄関から約一〇〇メートル離れた園庭内の所定の場所に並ばせたうえ、まず第一便の園児を乗車させたのち、第一便が戻るまでの約二五分間第二便の園児をその場に待機させておくようにしていたこと、同幼稚園の玄関から右待機場所までの園児の引卒、待機場所における園児の監督をする保母は特に定められておらず、各クラス中最初に園児を待機場所まで引卒した保母や手のすいている保母がこれに当つていたこと、しかるに、前示交通事故当日、訴外宣子の保育を直接担当していた被告智恵子は、同訴外人が同幼稚園の玄関を出るところまで確認したのち、園児の一人が粗相をしたためその世話をしていて、同訴外人ら他の園児から監督の目を離し、その後外部の者から同訴外人が交通事故に遭つたことを知らされるまで、同訴外人が単独徒歩で帰宅したことに全く気づかなかつたこと、以上の事実を認めることができ、これらの認定に反する証拠はない。

ところで、右認定のように幼稚園の玄関から約一〇〇メートル離れた場所で約二五分間にわたり第二便の園児を待機させるような場合、幼稚園の保母としては当然園児が無断で帰宅するようなことのないように終始園児に付添つて監督すべきであるところ、前示のように国分寺幼稚園においては右付添監督をなすべき保母を特に定めていなかつたのであるが、そのような場合には保母全員がこの義務を負つており、他の保母にその義務遂行を確実に依頼したような場合にのみ義務を解除されるものと考えられ、しかも、被告智恵子は同幼稚園の園長の地位にあつたものであるから、尚更、右監督義務の遂行にあたつては他の保母との間の義務分担を調整し、同義務の遂行の万全を帰すべきであつたというべきである。ところが被告智恵子は、前示のように訴外宣子を同幼稚園の玄関までしか付添監督をせずその後園児の一人の粗相を世話するため同訴外人から監督の目を離し、しかもその後の監督を他の保母に依頼するなど臨機の処置を講じなかつたのであるから、被告智恵子には右監督義務を怠つた過失があるものというべきである。

(三)  原告朴、被告智恵子各本人尋問の結果を総合すると、訴外宣子の住居は石岡市内のうちでも最も繁華な場所にあり、国分寺幼稚園までの距離は約一キロメートルであること、訴外宣子が交通事故に遭つた場所は同幼稚園から同訴外人の自宅に向けて約五〇〇メートルの地点の信号機の設置された横断歩道上であることが認められ、以上の認定に反する証拠はない。これらの事情に、近時の交通事情のもとにおいて満四歳の幼稚園児が単独徒歩で道路を通行することの危険性は顕著な事実であることも合わせ考慮すると、被告らは訴外宣子を同幼稚園から単独徒歩で帰宅させた場合、交通事故に遭遇し場合によつては死にいたることも当然予測しえたと認められるから、前示被告智恵子の監督義務違反行為及び履行補助者である同被告の過失によつて訴外宣子を保護者たる原告らのもとに安全に送り届けなかつた被告国分寺の債務不履行と同訴外人の前示交通事故による死亡との間には相当因果関係があるというべきである。

(四)  以上によると、その余の責任原因についての主張を判断するまでもなく、被告国分寺は債務不履行責任に基づき、被告智恵子は民法第七〇九条による不法行為責任に基づき訴外宣子の死亡により同訴外人及び原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

三  損害<省略>

四  結論<省略>

(裁判官 早坂弘 玉屋久弥 寺尾洋)

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